タバコの依存性と治療薬のおはなし

連日、元野球選手清原の覚醒剤問題がマスコミを賑わしています。
今回はタバコに含まれるニコチンも覚醒剤に匹敵する依存症を引き起こすというお話をしたいと思います。

ご存知のとおり、タバコには煙の中に有毒物質が含まれており、これが様々な健康被害をもたらします。
これだけなら誰もタバコなど吸わないと思いますが、一度吸ったら止められなくなるのはタバコの煙の中に含まれるニコチンが強力な依存を誘発するからです。
ただ覚醒剤と異なり幻覚などの精神症状は出てこないので、犯罪に結びつかないことから野放しにされていますが、本人への健康被害という面ではほぼ同じですし、また受動喫煙を考えると他人への加害という面でも考えないといけませんね。

私がクリニックで行っている禁煙外来では、タバコが如何に健康にとって危険なものであるかをまず説明しています。

WHOでは、

◆死亡する10人に1人はタバコが原因である、吸わない人に比べて肺ガンになる確率は50倍とか70倍といった報告がある

◆肺ガン以外にも咽頭がん、喉頭がん、胃がん、大腸がんとほとんどすべてのがんになる確率を上げている

◆がん以外にも閉塞性肺疾患(COPD)といって肺の組織を壊して酸素交換ができなくなる病気になる

等々、これでもかというくらいの状況証拠を示して、禁煙の方向に意識を向けます。

しかし、そのようなことを頭では理解していても吸うのを止められない人がほとんどではないでしょうか。
どうやらヒトの脳は、ネガティブなことは自分に当てはめた場合に割り引いてしまう習性があるようです。

そこで最近では、逆にタバコを止めるとどんなによいことがあるのかを説明するようにしていますが、その方がむしろ積極的に止めようという気になってくれるようです。

たとえば、女性で一番多いのは肌の改善です。
タバコを止めて2,3週間くらいでカサカサの乾燥肌がもちもち肌になりました、という人が大多数です。もちろん咳や痰が多かった人は止めた途端に減ってきますし、体に染みついたタバコ臭もなくなります。
においの感覚も戻ってきて敏感になるので、禁煙したほとんどの人は、喫煙者がこんなに臭かったのかとびっくりしています。

よく禁煙できないのは根性がないからだ、とか意志が弱いとかいわれますが、そんな問題ではありません。それくらいニコチンの導く依存症は強力なのです。
脳の中には、特にニコチンがくっつきやすい場所(ニコチン受容体)があり、ここにニコチンがくっつくと、脳の中でごほうび物質が放出されます。
そうすると脳はうれしいと感じ、また脳はうれしいと感じた行動を強化するくせがありますので、どんどんこの喫煙という行動が強化されてしまい、最後には止められなくなってしまうのです。

「禁煙はお医者さんと相談だ」というテレビコマーシャルをご存じですか?
最近では子供がお父さんに作文を読むというコマーシャルになっていますね。
これは、チャンピックス(一般名バレニクリン)という禁煙補助剤を医療機関での処方薬として発売している製薬会社のコマーシャルですが、このチャンピックスというお薬は脳の中でこのニコチンがくっつく場所を先取りして、ニコチンがくっつかないようにしてしまうお薬なのです。

つまり、『ニコチンがくっつかない→ごほうび物質がつくられない』ため、タバコを吸っても、脳がタバコを美味しく感じられなくなります。
それに加えてタバコを止めようという意識が後押しすれば、脳の中で強化されたタバコを吸うという行動が弱まってくるのです。

タバコが非常に吸いたくなる時期を無事に過ぎれば徐々にタバコなしでもいられるようになります。
この治療方法はいくつかの条件はありますが、該当すれば健康保険が使えます。

しかし、この治療法を続けられなくなる一番の原因として、副作用があります。
脳に作用するお薬のため、吐き気、便秘などの胃腸症状が出やすいのです。
副作用の出方は人により様々ですが、このため継続できなくなってしまう人もいます。
そのような人には吐き気止めなどを一緒に飲んでいただき、なるべくがんばって継続するようにしてもらっています。
保険で認められている治療期間は12週間、3ヶ月ですが、もう少し幅広く、柔軟性をもって使えるようになると禁煙に成功する人も増えるのではないかと思います。

東京オリンピックをひかえ、全てのレストラン等人の集まる場所を禁煙にしましょうという法律案が出されようとしています。もちろん政治家の中には愛煙家の人たちも多いので、成立するか微妙なところですが、病気の原因になることがわかっていて、その原因となるものを禁止もしくは制限できないのはなぜなのでしょうか?!

健康被害をもたらす行動を取っていながら同じ医療保険料を払うのは、納得できないと思うのは私だけではないでしょう。