福岡伸一氏の著書「動的平衡」を読みました。
内容は、生物を定義づけているものは何か、それは動的な秩序であるという「生物と無生物のあいだ」で著した考えを発展させた、生物の定義としての動的平衡でした。
ところが、福岡氏の文章はそのような生命現象にチャレンジした研究者たちの研究の道のりや生き様を巧妙に描き出しながら、様々な社会現象もその動的平衡の考え方の中で解釈してしまう非常に興味深い本でした。
私は、長年医療機関での診療と、製薬企業での薬剤開発の両者に携わってきましたが、その中で思ってきたことがあります。
それは、一端薬剤を使い始めると止めるときが非常に難しい という点です。
もし薬剤で病気が治癒するなら、その時点で薬剤を止めればよいのですが、なかなか止め時がないというのが現実なのです。
例えば、「感染症」などのように外敵によって与えられた病気は、病気の終わりが比較的はっきりしています。
つまり「感染症」が治ったというときが存在し、それ以後、薬剤は必要なくなります。
ところが「高血圧」、「糖尿病」、「変形性関節症」、「骨粗鬆症」などのいわゆる生活習慣病を含めた慢性疾患となると、そうはいきません。
さきほどの『動的平衡』という概念を用いると、慢性の病気と治療薬の関係が非常にうまく説明できることに気がつきました。
健康という状態は体全体の臓器に調和が取れていて、ひとつの平衡状態を作り出しています。
ところが病気になるとこの平衡状態が変化します。
逆の言い方をすれば、平衡が崩れた状態が、病気であるともいえます。
そうすると、「病気を治す」ということは「元の平衡状態に戻す」ことであるといっても良いでしょう。
薬を使って病気の治療をすると、もしその薬がある程度の功を奏すればその不平衡状態は一定の平衡状態となります。
ところがそれは、時として病気でなかったときの平衡とは異なった平衡状態を作り出す可能性があります。
いわば薬によって作り出された幻想の平衡状態といえるかもしれませんね。
体には自然治癒力があります。
本来であれば病気はほっておいても治るはずです。
ただ、生活習慣病のたぐいは長年の悪行の蓄積が作り出した病的不平衡なので、生活習慣を正したところで、長年のつけがありますから、簡単には元の平衡状態には戻せないでしょう。
しかし、生活習慣病にももちろん自然治癒力は働きます。
そして、ある程度の平衡状態に持って行くことも可能ですが、そのためには日常生活の質が問題となりますね。
もっともこれは若かりし頃の平衡状態とは異なるわけで、それは根源的な老化ですので、ある程度は仕方がないことです。
言葉を換えれば、平衡状態のまま年齢を重ねれば健康のまま、その年齢なりの平衡状態となることができます。しかし生活習慣病のたぐいは異常に速い速度で老化が起こっているのと同じことですので、
いつしか平衡状態に破綻を来すわけです。
ですので、破綻を来す前にしっかり生活の質を改善することが一番よいのではないでしょうか。