生活習慣病と薬剤

私自身製薬企業の中で長年医薬品の開発にも携わり、
メタボリックシンドロームに関係する領域の薬剤のデータも見てきました。

多くの製薬企業はこれらの疾患の治療薬を開発するのに
莫大な費用をかけています。
薬剤の開発は通常、健康なボランティアでの臨床試験(第I相試験)で
ヒトにおける薬剤の吸収、代謝、排泄を検討します。

ここに至るまでには発想段階から幾多の実験を積み重ね、
動物を使って厳格なルールに基づいて行われる
毒性試験など多くのハードルを越えて、
少なくとも人に投与しても大丈夫だろうという
程度までは確認済みのものがこのステージに上がってきます。

この第I相試験をクリアしますと、その後は患者さんで、
最も有効性と安全性のバランスのよい投与量を探す第Ⅱ相試験を行い、
さらに大規模な患者さんの集団で既存の薬剤と比較したり、
形の区別はつかないけれど有効成分の入っていない
プラセボを用いた臨床試験を行ったりした後、
それら全体の試験結果をまとめて製造販売承認申請を提出します。

このように発想から数えると
10年以上の歳月と300億円以上の費用をかけて薬剤は開発されるのです。

ところで生活習慣病関連の病気ではこれらの承認前臨床試験に加えて、
数千例の患者さんでかつ数年という期間にわたり有効性、
安全性を検討する長期大規模臨床試験が市販開始後に行われます。

これは、対象の患者集団に対して
全体としてどの様なメリットを与えられるかをみるものです。
最近ではこのようなデータがないと医師に信用して使ってもらえません。
といいますのは生活習慣に根ざした病気ですので、
様々な生活習慣を持つ患者さんの全体を総合すると
どんなところに効果があるのか、
いろいろな生活習慣の違いを鑑みてもやはり有効性は期待できるのか、
他社の同効薬と比較してどこによりよい利点があるのか
といったデータを確認するものです。

ただし、製薬企業がこれだけの資金と歳月をかけても
依然として生活習慣病関連の病気で治療できるのはごく一部にすぎません。
多くの企業努力にもかかわらず高い有効性と副作用のない
理想的薬剤はまだ存在しません。
まして進行してしまった場合はお手上げ状態です。

しかし食事と運動といった生活習慣病対策の
基本プログラムは薬剤費ほど多くの医療費を消費しません。
しかも並の薬剤よりははるかに有効で安全性も高いのです。

もちろん薬剤と組み合わせてより効果を上げることも可能です。
今回のメタボ健診とその後の特定保健指導は、
肥満を放置して本格的な病気になってから薬剤のお世話になるのか、
なんとか忍耐強く肥満に対処して、
健康寿命を全うするかの選択を迫っていると考えるのはオーバーでしょうか?