エイズのおはなし - その1 -

昨年12月、山梨県小淵沢町にある中村キースへリング美術館で行われたエイズキャンペーンの行事のひとつとしてエイズに関する講演を行いました。
今日はそのことについて、ご紹介します。

キースへリングという人は、現代美術画家で地下鉄駅の壁などに書いたポップアートが人気になり、ストリートアートの走りとして有名になりましたが、同性愛者で後にエイズを発症し、1990年に31歳で亡くなっています。
自分自身の「エイズウイルス感染」を知ってからアンチエイズ運動を熱心に行った人としても知られています。
彼の絵はユニクロのTシャツにも取り上げられたので、ご存知の方も多いかと思います。
ご興味のある方はぜひ見学に行ってください。

中村キースへリング美術館
http://www.nakamura-haring.com/

最近あまり話題に上らなくなったエイズですが、実はコンスタントに患者数が増えているのはご存じでしょうか?
エイズ動向委員会の2009年の統計によりますと、男女合わせて1年間に1000名程度のエイズウイルス感染者が登録され、400名程度のエイズを発症した患者さんが登録されています。

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かつては同性愛者の間で流行したので、そのような習慣のない人は感染しないと思っている人も多いようですが、最近の感染は男女間でのセックスによる感染の割合が増えており、感染者のかなりの割合を占めるまでになっています。

ところで「エイズ」と「エイズウイルス感染」とがごっちゃになって理解している人が多くいらっしゃるので、一度まとめてみたいと思います。

◆エイズとエイズウイルス感染の違い
まず、ウイルスの感染とエイズの発症は全く異なります。
HIV (ヒト免疫不全ウイルス:Human Immunodeficiency Virus)はエイズを起こす原因ウイルスで、HIVは感染してから5年~10年潜伏します。このウイルスは免疫を担うTリンパ球に限って感染します。
そしてこのウイルスが体の中で増えて、免疫を担うTリンパ球が数少なくなってしまったときにエイズ(AIDS:Acquired Immune Deficiency Syndrome)が発症します。
エイズとは、免疫低下により通常では感染しないような病原菌やウイルスにも感染してしまう病気です。

さてこのヒト免疫不全ウイルス(HIV)とはウイルスの分類上は、エンベロープ (殻)を持つ一本鎖RNAウイルスであるレトロウイルス科レンチウイルス属に属します。
分類はどうでもよいですが、ただRNAウイルスであることは憶えておいてください。
RNAウイルスというのは、普通の生物が自分を作る設計図をDNAとしてもっているのに対して、ウイルス自身が増えるための設計図をRNAとしてもっているウイルスのことをいいます。
ちなみに毎年流行るインフルエンザウイルスもRNAウイルスです。
元来霊長類に住み着いていたサル免疫不全ウイルス が、突然変異によってヒトへの感染性を獲得したと考えられています。

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エイズの歴史:
最初の報告
1981年にアメリカのロサンゼルスに住む同性愛男性(ゲイ)に初めて発見され症例報告されました。
当初、アメリカでエイズが広がり始めたころ、原因不明の死の病に対する恐怖感に加えて、
感染者にゲイや麻薬の常習者が多かったことから感染者に対して社会的な偏見が持たれてしまったわけです。

原因ウイルスの発見
1983年にパスツール研究所のリュック・モンタニエとフランソワーズ・バレシヌシらによってエイズ患者より発見され「LAV(Lymphadenopathy-associated virus)」と命名されました。
また1984年にアメリカ国立衛生研究所(NIH)のロバート・ギャロらも分離に成功しており、「HTLV-III(Human T-lymphotropic virus type III)」と命名し、ほぼ同時期カリフォルニア大学サンフランシスコ校のレヴィらも分離に成功し「ARV(AIDS-associated retrovirus)」と命名しました。
研究者というのは発見すると勝手に名前を付けたがるのはどこもいっしょのようですね。
これらのLAV、HTLV-IIIおよびARVは、後にいずれも同じウイルスである事が明らかとなり「HIV-1」と改称されました。

HIV感染症は長い潜伏期間を経て、あるときから突然ウイルスが増え出して、エイズとして発症します。
かつては発症してしまうと8割以上の患者さんが亡くなっていたのですが、抗HIV薬が次々と開発され、1996年頃からHAART(Highly Active Anti-Retorovial Therapy)療法と呼ばれる複数の抗HIV薬を組み合わせる、多剤併用療法が一般化してきて、治療成績は一挙に上がり、かつてのように多くの患者さんが死亡することはなくなりました。

ヒトからヒトへの伝染が主体で、ウイルス粒子が存在するのは血液、膣分泌物、精液、母乳で、ウイルス自体の感染力は強くないのが特徴です。従ってかなり濃厚な接触なくしては感染しませんし、もちろん正常な皮膚からは感染しません。エイズ患者さんと握手したりキスするくらいでは伝染しません。

しかし皮膚に傷があるとそこから侵入し、感染を起こすことがあります。
また腸粘膜、口腔粘膜など傷になり易いところからは感染があり得るわけで、そのため主にセックスによって伝染する性交感染症のひとつとなっています。

―その2―に続く