ここのところお薬のことをシリーズで書いているのは、お薬の本質について皆さまにもっと理解して欲しいと思ったからです。
お薬はもちろん病気になってしまった人には不可欠ですが、多くの誤解があり、またその誤解は医療者側にも多くあります。
そんな誤解を、お薬を開発している側から少しでもお伝え出来たらという気持ちからです。
お薬は「危ない」とか、「何が何でもお薬無しで治療しましょう」、と主張しているつもりは決してないので、その辺は是非誤解しないでいただきたいと思います。
そんな誤解の中で一番大きな誤解は以前のブログにも書きましたとおり、お薬を飲めば病気が治る、というものです。
病院やクリニックで使われるお薬が使えるようになるには、国の承認が必要です。
そのために製薬企業では多くの動物試験や患者さんなどのボランティアでの臨床試験を積み重ね、全体として十分な結果であればそのお薬を販売してよいかどうかの判断を求める申請をします。
国の機関ではそれらの申請資料、特に臨床試験の結果をしっかり審査して、効果と安全性が担保されていれば承認となり、そのお薬が医療機関で使えるようになるわけです。
お薬のはたらきは、前回のブログに書いたとおり、人の体内の化学工場で営まれている代謝の一部を抑えたり、逆に進ませたりします。病気の原因となっている代謝に影響を与えるわけです。
それなら当然異常だった代謝が元に戻るので、病気もよくなると考えますが、そうはいかないのです。
というのは、人の体は一部の代謝がおかしくなったら、他の代謝を変化させてその異常をカバーしようとします。
どうやってカバーするかは人によって異なります。
しかし代謝の異常がひどくなってきますと、カバーしくれなくなり症状が出てしまうというのは前回のお話しでした。
急性の病気は異常になっていた期間が短いですから、異常な代謝が元に戻ればもとの元気な体になるわけですが、慢性の病気はそうはいきません。
たとえば異常な代謝を抑えてしまうと今度はその異常をカバーしていた他の代謝がおかしくなってきます。
ですからお薬の飲み始めは要注意で、副作用も起こしやすいというのはこのような理由からです。
さて、お薬を続けて飲んでいると、症状は治まってきますが、病気になる前の状態に戻ったわけではありませんから、お薬を止めてしまうとまた別の症状が出るといったことにもなりかねないのです。
ですから根本的な原因を正さずに、お薬だけ飲めば症状は治まるかもしれませんが、病気が治ったことにはならない、というのはそんな理由です。
生活習慣病は生活の乱れが原因ですから、それを正さないでお薬を飲んで、症状を抑えて、検査データを正常にしたとしても病気を治していることにはならないのです。
症状が無くならないから、検査データがよくならないからと、やたらとお薬の量を増やしたりするのは間違ったやり方です。
ひとつの例を挙げましょう。
何年か前に不整脈を抑えるお薬の大規模な臨床試験が行われました。
これは心筋梗塞を起こした患者さんでは命が助かっても不整脈を起こすことが多くあります。
そのため不整脈という症状を抑える抗不整脈薬というお薬がたくさん使われていました。
それではこの抗不整脈薬を使った方がほんとうに長生き出来るのでしょうか、という疑問がなげかけられました。
そこで、この抗不整脈薬を使った患者さんのグループと、プラセボといってお薬の形はそっくりですが、お薬成分は入っていない錠剤を飲むグループを比較する試験が行われました。
当然不整脈を抑えれば長生き出来ると誰しも思ったわけです。
ところがこの大規模な臨床試験の結果では、この抗不整脈薬を使った患者さんのグループの方がプラセボを使った患者さんのグループより多く亡くなるという結果がでてしまいました。
お薬とはこんな性質を持ったものなのです。