エイズウイルス感染の仕組み
エイズウイルスは巧妙な手口でT細胞を乗っ取るという話ですが、さてそれではその手口はいかように?というところをお話しします。
繰り返しになりますが、まずエイズウイルスの感染力は極めて弱いので、
相当濃厚な接触がないと感染しません。ですからいたずらにエイズウイルスを怖がる必要はありません。
さて、前回の免疫のところでお話ししましたが、マクロファージや白血球といった原始的な免疫システムをかいくぐったエイズウイルスがT細胞に到達したとします。
エイズウイルスは表面にGP120という突起分子を持っていますので、これがCD4陽性T細胞表面のCD4という突起分子にくっつきます。
そうするとさらにT細胞表面にあるCCR5という分子にもくっついて、だんだんT細胞の中に取り込まれていきます。
ついにはT細胞の細胞膜とエイズウイルスのウイルス膜が融合して、中に入り込んでいきます。
ある程度入り込むと、ウイルスの中にあるRNAをT細胞内に送り込みます。
このときウイルス内にあった「逆転写酵素」という酵素もいっしょにT細胞内に入り込み、この酵素が重要な働きをします。
さてみなさんは中学、高校の理科や生物で、細胞の核の中にあるDNAが細胞や体を作り上げるタンパク質の設計図だということを習ったと思いますが、憶えていますか。
地球上の生物は細胞核の中にある染色体に折りたたまれているDNAが設計図となって、RNAにその設計図が読み取られ、RNAの配列に合わせてアミノ酸が並べられるとタンパク質となって、細胞や体に使われます。ところがある種のウイルスでは、自分自身はRNAだけしかウイルス内に持っておらず、DNAがないウイルスがいます(RNAウイルス:インフルエンザウイルスもこのたぐいですが、増殖の仕方は全く異なります)。ウイルスは病原菌やバクテリアと異なり、自分自身単独では増えることができませんので、必ず何かの細胞を乗っ取って利用します。
しかしウイルス自身はRNAしか持っていませんので、このままでは乗っ取った細胞のタンパク合成システムを使うことができません。そこでエイズウイルスの場合、「逆転写酵素」という酵素を持っていてこれが働きます。
これはRNAからDNAを作り出すDNAポリメラーゼという特殊な酵素です。
普通の細胞ではDNAに合わせてメッセンジャーRNAが作られ、タンパク質合成となりその逆はないのですが、この種のウイルスではこの酵素によってRNAからDNAが作られてしまうのです。
そうして作られたウイルスDNAは、今度は乗っ取ったT細胞の核の中に入って、T細胞に元々あるDNAの中に組み込まれます。このときに働くのが「インテグラーゼ」という酵素です。
こうしてT細胞の核にあるDNAに密かに組み込まれたウイルスDNAは増える機会をうかがいながら潜伏します。
この期間は5年から10年という長い期間となります。そうしているうちに、ある日突然ウイルスのDNAから、活発にウイルスタンパク質が作り出されます。なぜこのような長い潜伏期間を経て、ある日突然急に活動し出すのかはまだわかっていません。
さてT細胞のDNAに組み込まれたウイルスDNAからは、長い連続したウイルスタンパク質が作られます。
この長いタンパク質から「プロテアーゼ」というタンパク分解酵素が働いて、ウイルスの体を構成する部品を切り出します。切り出されると、ウイルスとして再構成され、T細胞の細胞膜から発芽するようにウイルス粒子ができて、乗っ取られたT細胞は死んでしまいます。
ですからエイズウイルスが次々増える状態になると、T細胞の数が激減して、免疫システムが崩れてしまうのです。
そうなると普通は免疫システムが守ってくれるのでかからないような感染症とか、ガンのたぐいが出てきてエイズ(AIDS:後天性免疫不全症候群)という状態になってしまいます。