クスリの幻想 -その4 臨床試験-

さて、だいぶ間が空いてしまいましたが、おくすり講座の続きです。

前回までは、
「人の体は大きな化学工場で、いろいろな化学反応は「代謝」と呼ばれ、
これらによって細胞は活動している」
「代謝の一部に異常を来して、それらが積み重なると病気になる」
「クスリはこういった病気に関係した異常な代謝の一部を抑えたり、
刺激したりして病気の症状を抑えようとするもので、病気そのものを治すという
ものではない」

こんなお話しをしました。

本日はクスリの臨床試験についてお話します。
少し難しい用語もありますが、皆さんのクスリへの認識を深め、
大切な部分を知っていただければ と思います。

病気の症状は、クスリによって抑えられたり刺激されたりした代謝の一部により、
関連する代謝全体がよい方向に向かってくれれば改善に向かうでしょう。

しかし、それはあくまでもクスリによって作り出された、いわば仮の平衡状態で、
健康であったときの状態とは異なることがほとんどです。

また同じような症状を示す病気でも、個人によって影響を受けている代謝が
異なっているかもしれません。
このためクスリはすべての人に同じようには効かないのです。

クスリはその開発段階で多くの動物実験で安全性を確かめられた後、
人での臨床試験が行われます。
ネズミでどんなに効果があっても人に効くかどうかわからないので、
クスリの効果を調べるために、人での臨床試験は必須です。

臨床試験を行う目的は;

1.そのクスリを飲んだり、注射したりで体内に入れても体に有害な反応が起こらないこと
2.そのクスリを使ったときに意図した(あるいは予想どおりの)反応が起こること
3.そのクスリが体に入る量を変えたときに、意図した反応が強くなってくること
(すなわち高血圧のクスリであれば少ない量を使ったときにはそれほど血圧が
下がらなかったのに、その倍の量を使ったらほぼ倍の血圧の下がり方を示した、
となれば本当にクスリが体で反応していることになります)
4.個人によって反応の程度は異なってくるのが通常で、できる限り多くの人が同様に
改善の方向の反応を起こすこと
(ある人には効果があったが、ある人では悪化した、というのもあり得る話です)
5.プラセボという見た目はそっくりでも効果のある成分を含まない偽クスリを使って、
効果のある成分の入っているクスリか、プラセボか、飲んでいる本人やその症状を
評価するお医者さんにもわからないようにして比較検討したときに、ちゃんと差が
現れること

他にもたくさんありますが、だいたい上記の事項がきちんと証明されれば、
クスリとして国から承認がもらえるわけです。

特に上の5は「プラセボ対照二重盲検比較試験」といって、クスリの効果を調べるための
標準的な方法です。
この効果のある成分とプラセボとの差を、統計学を使って検定という計算をします。
そこでポジティブな結果になれば(統計学的に有意といいます)このクスリは
有効というわけです。

この方法にも問題がないわけでありません。
たとえば試験に参加した患者さん全体の20%程度しか効果がなかったとしても、
プラセボでの反応が0%であれば、統計学的に有意ということになります。

しかしクスリは効果だけでなく副作用という有害な反応も起こし得ますので、
残りの80%の患者さんでは効果がないばかりか副作用が起こってしまうかもしれません。
これを利益と危険性のバランス(専門用語でベネフィット・リスクバランスといいます)
といって、利益が上回っていなければクスリとしての存在意義はないのです。

患者さんは飲んだクスリは100%効果があると思いがちですが、
残念ながら多くのクスリは平均的には50~60%程度です。

この数字も誤解を生みやすいので少し解説します。
お医者さんは患者さんを診察して診断して病名をつけます。
冒頭にも書きましたが、同じ病気だからといってその病名がついた患者さんすべてが
同じところ(代謝)に異常が生じているというわけではありません。
またクスリに対する反応も個人によって異なります。
ですから臨床試験に参加した患者さんの集団の中でどのくらいの割合の患者さんで効果が
あったかというのがこの数字です。

お医者さんに行ってクスリをもらったのに、効かないという人が二人に一人くらいはいる
ということです。
極端な見方をすれば40~50%のクスリは無駄に使われている、ということになります。
それはけしからん、製薬企業はなってない、と思われる方も多くいらっしゃるかと
思いますが、現在の医学のレベルは残念ながらその程度なのです。

もちろん病気の種類によってもクスリの効果がでる率は変わってきます。
平均的な数字ですが、たとえばコレステロールを下げるクスリでは80%、
関節リウマチでもっとも効果があるとされる生物製剤で60%、うつ病で50%です。

難しい病気、たとえばアルツハイマー型認知症のクスリでは15%程度です。
抗ガン剤はガンの種類にもよりけりですが、20%から40%くらいです。
当然ですが、これらの数字は病気が治ったという数字ではありません。

クスリが効いているという基準値まで改善したときの数字です。
たとえばコレステロールを下げるクスリでは、総コレステロール値が220まで下がった人の
割合ということです。
抗ガン剤は何をもって効果有りとするかという指標が難しく、ガンが小さくなったという
指標でいえば奏功率(完全に縮小した割合と部分的に小さくなったという割合を
合計したもの)が一般的で、上に示した数字はこの奏功率です。

最近ではガンが小さくならなくても転移したり臓器の機能を障害したりしなければ
よいのでは?という考え方から、またガン細胞を死滅させるクスリではなく、
おとなしくさせるクスリも多く開発されてきた関係で、無増悪期間(ガンが大きくならないで
いる期間)で評価することが多くなってきました。

たとえば最近承認を取った抗ガン剤の場合、既存のクスリではこの無増悪期間が
5ヶ月程度だったのを新しいクスリを上乗せすることで9ヶ月まで延長したということで
承認されています。
短いように感じますが、この試験の対象となった患者さんは試験で使われた以外の
他のいくつかの抗ガン剤が無効であった患者さんが参加しています。
抗ガン剤については複雑なのでまた別途まとめたいと思います。

~続く~