情報の氾濫と、食欲の暴走!

「予防医療」、「先制医療」といろいろな呼び方はありますが、病気にならないように努力する事、病気になっても管理可能な状態を保つことが如何に重要なことかは、みなさんよくご理解していただいていることでしょう。

であれば、それを実行すればよいように思いますが、残念ながら目の前の快楽や誘惑に負けてしまうのが人間です。楽しいことはやる、苦しいことはやらない、これは誰にも共通した願望でしょう。
ただ基本的には節度を持ってすればそれで生存できるように生物のシステムはできているはずです。ところがこと人間についてはこれが過剰になってしまっているようです。

たとえば食事。
美味しいものを食べることは喜びです。とても楽しいことです。
しかしこれが度を超せば健康を害することも事実です。現実には度を超して食べている人が如何に多いことでしょう。こうなってしまう原因としてひとつには、個人の責任というよりは、商業主義の影響によるものが大きいでしょう。

昨今、ウナギが絶滅危惧種に指定されるかどうかの瀬戸際まで生体数が激減しているようですが、この原因は、ほとんど日本人が食べ尽くしたことのようです。
ウナギはちょっと前までは高級料理で、庶民は滅多に食べられるものではなかったそうです。ところが、多くの人が食べたいと思うと、それを供給すれば儲かるのは自明の理。
そうすると値段は下がり、ますます供給量も跳ね上がり、限りある資源では食べ尽くして終わりということになります。

つまり食欲の暴走は見方を変えれば商業主義のなせるワザといえるわけです。
世の中、「食べよう」、「食べよう」というメッセージが氾濫しています。
食べ物に関する情報も洪水のように押し寄せてきます。

こうした情報の氾濫が、人が本来持っている節度ある食欲を暴走させてしまっているということになります。情報は多くなりすぎるとそれに麻痺してしまい、判断することが困難になります。

こうなると誰か判断できる人の言うとおりに行動することが楽、ということになります。
そうすると事の善悪の判断をテレビ、雑誌などマスメディア、あるいはインターネット検索に頼るようになります。

自分で判断せずに、社会にあふれる「食べよう」のメッセージに従って食欲を暴走させ、それに合わせて商業主義もまた食糧を安く大量に手に入れるために暴走をはじめるのです。

人のように集団で生活する動物は本来意思決定が苦手です。
誰かが導く方向にすぐなびいてしまいます。そのような中でひとりひとりがきちんとした判断基準を持って自分に合ったものを選んでいくことが、健康管理の上でますます重要となります。

「身の丈」とよくいいますが、食事についてもそんな節度を守っていきたいものです。