新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中で猛威を振るっている中、先日、レムデシビルという薬剤がSARS-CoV2(現在流行中のコロナウイルス)の感染症に対する治療薬として緊急承認されました。
これは、海外で行われた臨床試験結果と、海外規制当局の承認同等の措置を受けて、日本での独自の臨床試験や製造販売承認のための審査プロセスを簡略化しての承認で、2009年の新型インフルエンザ流行時に使われた以外は、ほとんど使われたことがない「特例承認」という制度を使って承認されました。
レムデシビルという薬剤は、エボラ出血熱ウイルス感染症を目的として開発が進められてきた薬剤で(エボラ出血熱治療薬としては未承認)、COVID19(SARS-CoV2によるウイルス性感染症)の大流行を受けてさまざまな医薬品が試される中で症状改善に効果があった薬剤として治療薬の候補に挙がっていたものです。
この薬剤がどういった働きをするのかといいますと、この薬剤は低分子の化合物で、点滴で投与されると、通常の薬剤のように体の細胞に取り込まれます。細胞に取り込まれると、代謝を受けてエネルギー代謝に必要なATPという物質に似た化合物になります。本物のATPは細胞が活動するときに使われるエネルギー物質です。コロナウイルスに感染した細胞の中にレムデシビル由来の模倣ATPが取り込まれると、コロナウイルスによって作られたウイルス複製の鍵となる『酵素』にくっつきます。そうなるとこの『酵素』働きが途中でストップして、ウイルスが複製できなくなるという仕組みです。
人の正常細胞にも複製に必要な同様の『酵素』がありますが、これらにはレムデシビル由来の模倣ATPはくっつかないように設計されているため、大量に薬剤を投与しない限り、正常細胞への影響はありません。
では臨床試験ではどの程度の効果があったのでしょうか?
海外ではいくつかの臨床試験が行われており、そのうち中国で行われた臨床試験結果が「Lancet」という権威ある医学雑誌に掲載されましたが、統計学的に明かな差を示せる結果ではありませんでした。
承認された薬剤には、必ずその医薬品に係わるさまざまな情報が記載された添付文書が添えられますが、承認時の日本の添付文書にレムデシビルの臨床試験結果の記載がありますので、それを元に説明します(抗ウイルス剤レムデシビル・水性注射液、注射用凍結乾燥製剤2020年5月作成第1版添付文書より)。
添付文書に記載された臨床試験の中でアメリカの国立衛生研究所(NIH)と国立アレルギー感染症研究所(NIAID)が共同で主導した臨床試験結果を解説します。
この臨床試験は、薬剤承認のための標準的な試験方法であるプラセボ(偽薬)比較二重盲検試験として実施されました。この試験方法は、実際の薬剤と見た目は変わりませんが有効成分の入っていない偽薬と実際の薬剤を、投与する医師にも投与される患者さんにもわからないようにランダムに割り振って行う試験方法で、公平に薬剤の実力を評価できる方法です。
この試験では投与後28日目までの回復時間が比較されました。
全例で1063名の人が参加して50%が実薬、50%がプラセボを投与されました。606例が終わった時点での解析では、回復までに要する時間がプラセボでは平均15日かかっていたのが、実薬では11日、死亡割合はプラセボでは11.6%であったのが、実薬では8%だったという結果でした。
回復までに要する期間は統計的にも確かに実薬が偽薬よりも短かったという結果でしたが、死亡割合は数字の上では実薬が低かったように見えますが、統計学的解析では差がないという結果を示しています(P=0.059:一般的にこの値が0.05より小さいと統計学的な差があるという結果を示します)。
この試験の対象となった患者さんは、PCR検査でSARS-CoV2(現在流行中のコロナウイルス)陽性である、画像診断で肺炎を起こしている、酸素投与が必要である、あるいは人工呼吸器管理が必要である、というかなり重症な患者さんまで含めた結果であることを考えると、死亡割合を減らす効果をみるためにはさらに参加人数を増やした臨床試験が必要である事を示しています。
薬を使うとなると、気になるのは副作用ですね。
安全性はどうかというと、上記の臨床試験やその他の臨床試験で報告された副作用を見る限り、今回のコロナウイルス感染症(COVID19)でみられる合併症や症状がほとんどで、レムデシビルに特有の安全性が心配される副作用は認められていないようです。安全性についてはさらに投与経験が多くならないと正確な評価はできませんが、臨床現場で使うときに特に危険があるという副作用は見つかっていません。
まとめますと、臨床試験の評価項目の数値をみると大した差はなく、びっくりするような有効率ではありませんが、数値の上ではそれなりに改善効果を示しているため、信頼できる治療薬が存在しない状況においてはとりあえず使ってみましょうということで、承認になったというところでしょう。
決してコロナウイルス感染で重症になってもレムデシビルがあるから大丈夫といえるほどの効果は見られていないのが現状の結果ですので、まだまだ感染しないようにしっかりした予防対策でがんばるしかないということです。
今後、本剤にいくつかの薬剤を組み合わせた治療法などのデータが出てくると思いますがそちらに期待です。またアビガンという鳥インフルエンザ用に開発された薬剤も近々承認されるという話もありますので、承認になりましたらまた解説したいと思います。